四姓(「源平藤橘(げんぺいとうきつ)」古代の代表的な氏名、源氏・平氏・藤原氏・橘氏をさす。)の一つ。摂関政治を行った貴族。初め中臣氏といい、大和朝廷の神事を司った。中臣鎌足が大化改新の大業をなし、天智天皇より藤原朝臣の姓を賜ったことが藤原姓の始まり。藤原不比等の娘宮子が文武天皇妃として聖武天皇を生んだ。このことから皇室の外戚としてその力を確固たるものとした。不比等の子孫だけが藤原姓を許され、その4子が藤原四家(南家、北家、式家、京家)の祖となった。なかでも北家が藤原氏の主流となり、摂政・関白の地位に就いた。全盛を迎えたのは11世紀藤原道長・藤原頼通のころになる。氏神は春日大社、氏寺は興福寺。