蘇我倉山田石川麻呂

そがのくらやまだいしかわまろ

生没年 : ?~649

飛鳥時代の豪族。蘇我馬子の孫。蘇我蝦夷の甥、蘇我入鹿の従兄弟にあたる。蘇我本宗家とは距離をおき、子の遠智娘中大兄皇子の妃にし接近し、大化改新(乙巳の変)に加わり、蘇我本宗家を滅ぼす。その功績から新政権の右大臣に任じられるが、中大兄皇子暗殺計画の嫌疑をかけられ、山田寺で妻子と自害した。