もっと奈良を楽しむ

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大人のお花見

待ちに待った花見の季節が到来。

世に知られた花の名所には、花にまつわる秘話もある。
お出かけ先を検討中の今、奈良と桜の物語でしばしの休憩はいかが。

植樹をする幕末の名奉行

 時代劇の定番に「名奉行もの」がある。遠山の金さんしかり、大岡忠相しかり。義理人情に篤く、悪者に公正な裁きを下す姿は時代劇ヒーローの代表格といえるだろう。

 幕末の奈良にも名奉行が存在した。その名は川路聖謨(かわじ としあきら)。川路は赴任するや奉行所の改革をはじめとして領内のさまざまな問題を解決し、また地場産業の育成や学問普及にも力を注ぐなど、約6年という赴任期間での功績が数知れない人物だ。
 ナラノヤエザクラが咲き乱れる奈良公園の基礎をつくったのもこの名奉行。東大寺や興福寺、佐保川の堤にかけて数千株のサクラやカエデを植樹し、さらに「後の助けになるように」と、奉行所付属の山林に苗木50万本を植えたとされる。
 川路は役宅の桜を毎年愛でていたという。樹木、ことのほか桜に心を寄せていたのかもしれない。
 佐保川の堤も桜の名所としてすっかりお馴染みだ。約5キロメートルにわたって続く桜並木でひときわ目立つ大木は通称「川路桜」。川面に多いかぶさるような枝振りは見事で、老木の風格を漂わせている。

 さて、春に咲く花はいろいろあれど、花見といえば桜に限定されるのはなぜだろうか。これは山の桜を“見る”こと、つまり「花見」が古くから行われていたからだ。桜の開花時期は稲の種まきの目安となり、開花状況はその年の気象、つまりは実りを占う指針となった。
 桜の語源は穀物に宿る霊=サと、神が宿る場所=クラという古語とされる。サナエ(早苗)やサオトメ(早乙女)など稲に関わる言葉に「サ」が冠されるのもそれゆえ。
 日本神話には、桜を神格化した美しい女神が稲穂の神に嫁ぐという物語が描かれる。桜と稲作の深い結びつきは今やすっかり忘れられているが、こうしてひっそりと語り継がれてきたわけだ。

吉野山を染め上げるご神木

 平地の桜が散りはじめる頃、吉野山からシロヤマザクラ開花の頼りが届く。下の千本、中の千本、上の千本、そして奥の千本。合わせて約3万本といわれる桜が、そうして1ヶ月近くをかけて山の尾根伝いに花をほころばせていく。
 吉野山が桜の名所となったのは修験道との関わりからだ。
 7世紀後半、この山に修行に入った役小角(役行者)が修験道の本尊・金剛蔵王大権現を感得、その姿を桜の木に刻んで祀ったという。以来、桜は蔵王権現のご神木とされ、寄進する者が相次いだ。
 そんな吉野の桜が危機に陥ったことがある。明治政府の神仏分離政策により巻き起こった廃仏毀釈運動のあおりをうけ、尊ばれてきたはずの桜が他の樹木と同じように焼かれ、炭にされたのだ。
 第二次世界大戦下で桜の伐採はさらに続き、代わりにスギやヒノキが植えられ、または畑地にされたという。
 ひと目千本と称される絶景が健在なのは、吉野山の桜を守ろうと立ち上がった人々の努力の賜物。その活動は現在も続き、蔵王権現のご神木は生き生きと春を謳歌している。

 山深く修行する修験道の本尊のご神木に桜が選ばれたのは、桜が山のシンボルだったからだろう。しかし一方で桜は、先に述べたように稲作の豊凶を占う田のシンボルでもあった。
 山と田、同時に異なるもののシンボルになるのは矛盾してみえるが、これは山の神と田の神が同じと考えられていたことと無関係ではない。
 古来、山の神は田植えの季節に山から降りてきて田の神となり、収穫後にまた山へ帰ると信じられていた。山と田はまったく違うテリトリーのように思えるが、人々は神の去来に自然のつながりを感じていたのだろう。

 現在のような桜を“愛でる”花見が生まれたのは、旧暦3月3日の行事が関わっている。
 西日本の各地にはこの節句の日、または翌日に野山へ行き、水辺で禊を行うという風習があった。そうすることで邪気や災厄が祓えると考えられたのだ。
 この“祓えの行事”はやがて厄を人形に託して流すひな祭りに結びつき、春先に野山へ出かける行為は切り離されて、娯楽へと変化していった。
 旧暦3月3日は現在の4月上旬にあたる。目の前にはさぞや華やかに桜が咲き乱れていたことだろう。
 純粋に桜を愛でる花見の誕生である。

文:宮家美樹
本文中の情報は平成28年3月31日時点のものです

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