1・2月

興福寺 千手観音菩薩立像
鎌倉時代 木造・漆箔・玉眼 像高520.5㎝〈国宝〉 国宝館
興福寺国宝館に立つこの像は、千手観音の巨像として知られる唐招提寺の像とほぼ肩を並べる大作。鎌倉期に復興した食堂の本尊として仏師せいちょう成朝 が養和元年(1181)に造像を始めたが、途中で別系の仏師に代わって40数年後に完成した。堂々とした作風は如何にも鎌倉期の彫像らしい力強さがあり、像内には天平期と推定される像高24㎝の金銅製聖観音立像 をはじめ、小金銅仏の千手観音像二?、白銅製の梵字千手観音しょう小 じゅきょう咒鏡、檜製五輪塔、千手観音のしゅうぶつ摺仏、毘沙門天印仏等のほか経典・結縁者名など多数納入されている。

3・4月

法隆寺 薬師三尊像中尊 薬師如来坐像
平安時代 木造・漆箔 像高247.2㎝〈国宝〉 大講堂
我が国最古の建築様式を今に伝える法隆寺西院伽藍のうち大講堂は延長三年(925)に焼失、正暦元年(990)に再建された藤原時代前期の建築で、本尊の薬師三尊像もその頃の造立と考えられている。藤原期の彫像と言えば平等院本尊に代表される寄木造が盛行する時代に入るが、この中尊像はそれ以前の一木造の伝統を受けたもので、主要な頭体部を檜の一木から彫出し、うちぐ 内刳りを施した堂々とした作風で、天平期や平安前期の遺風を感じさせる名品である。光背や台座をはじめ両脇侍も優美で、十世紀末を代表する像である。

5・6月

當麻寺(たいまでら) 阿弥陀如来坐像
平安時代 木造・漆箔 像高220.5㎝〈重文〉 講堂
當麻寺は白鳳時代、万葉集に名高い二上山の東南麓に豪族當麻氏の氏寺として創建、弥勒如来を本尊とする古刹であるが、天平期に約4m四方の観無量寿経による綴織極楽浄土変相図(當麻曼荼羅)が金堂西の本堂に祀られて以来、これを中心に極楽浄土の霊場とされるようになる。講堂は平安末期の治承の乱の余波を受けて焼失、鎌倉期に復興した。この優美な丈六の阿弥陀如来像は、藤原期に盛行したじょうちょう定朝 様式を良く伝え、また新しい写実の傾向をもとり入れている優作である。

7・8月

圓證寺 普賢菩薩騎象像
平安時代 木造 像高57.9㎝〈重文〉 本堂
圓證寺は戦国武将筒井順慶の父順昭の別荘を筒井氏の菩提寺としたもので、もとは奈良の市街にあったのを昭和60年奈良の西郊生駒市上町に遷された。本堂(重文)は室町末期で、本尊釈迦像の脇侍として、獅子に乗る文殊像と一対に安置されているのがこの像であるが、制作年代はそれぞれ異なっている。象の背の蓮華座に安座するこの像の様式は、普賢菩薩が六牙の象に乗って持経者のもとに現われるとする『法華経』などの説によるもので、合掌する普賢像としては最古に類し、一木から彫出した力強いのみ鑿跡は平安中期の作風を物語っている。 ※拝観は事前予約が必要

9・10月

法輪寺 十一面観音菩薩立像
平安時代 木造・彩色 像高360.0㎝〈重文〉 講堂
斑鳩の里の北部に位置する法輪寺は、法隆寺・法起寺に続いて建立された古刹。本尊は飛鳥時代 と り 止利派の様式を伝える薬師如来である。現在寺宝の多くは講堂を復元する形で建立された収蔵庫に安置されているが、その中央に一際大きく堂々と佇立しているのがこの観音像で、杉という木目の粗い彫刻には不向きな材を用いた一木造であるのが珍しい。これは恐らく神の宿る霊木を観音像とした為であろうが、天に向って立つ巨杉の風格を思わせるものがある。板状の光背も当初のもので、やや控えめな彩色が像容と調和して美しい。

11・12月

室生寺 釈迦如来立像
平安時代 木造・彩色 像高237.7㎝〈国宝〉 金堂
平安時代前期に建立された室生寺金堂の中尊である。本来は薬壺を持たない古い形式の薬師如来で、うんげん繧繝 さいしき彩色の華麗な板光背にはしちぶつ七仏薬師が描かれ、堂も薬師堂と呼び、脇侍に十一面観音と地蔵菩薩(現在宇陀市室生三本松の安産寺に安置)を配した三尊形式であったと思われる。かや榧の一木から彫出されたこの像の流れるような衣文は、平安前期彫刻の特徴であるほん ぱ しき 翻波式 を繊細にした特異な様式でれんぱしき漣波式と云い、室生寺よう様ともいう。顔面や胸部の彩色は後補のため黒変しているが、優美で崇高な平安前期の名品である。



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