もっと奈良を楽しむ
大滝ダム 水の旅をたどる
もう一つの流域
「私たち川上は、かけがえのない水がつくられる場に暮らすものとして、下流にはいつもきれいな水を流します。」で始まる5項目を宣言する村が奈良県にあります。全長約136㎞の紀の川(吉野川)をつくる最初のひとしずくが流れ出す、川上村です。水源地の村としての責任と未来への約束を込めた「川上宣言」から30周年を迎えた2026年の7月、奈良ファン俱楽部の特別企画「もうひとつの流域」が川上村で開催されました。大滝ダムや「森と水の源流館」などを訪れ、「水源地の村づくり」に取り組む方々の思いや解説を拝聴。源流が宿る山には、水を巡る物語がありました。
大滝ダム・学べる防災ステーション
日本の河川の多くは、山地を一気に流れ下り、狭い平野部を流れて海に注いでいます。紀の川(吉野川)も多分に漏れず、標高1650m超の大台ケ原に端を発すると、全長のほぼ中間点(吉野大橋付近)までに、標高差約1500mを一気に駆け下ります。そんな川を、豪雨を伴う巨大台風が直撃したら、どうなるでしょうか。 1959(昭和34)年9月26日18時頃、台風15号が和歌山県・潮岬に上陸しました。中心気圧は929hPa。本州上陸時の勢力として“史上最強”の台風は各地で大暴れ。甚大な被害を出し、死者・行方不明者は全国5098人、奈良県113人、川上村72人にのぼりました。 そこで、流域の人々のいのち・くらし・財産を守ろうと、ダムの建設計画が動き出しました。建設地は大字大滝。村民の様々な思いを受け止めながら建設工事が進み、2013(平成25)年に完成。伊勢湾台風から54年が過ぎていました。 ダム堰堤の左岸側、やや小高い位置に「大滝ダム・学べる防災ステーション」があります。映像とジオラマで災害の怖さや防災の必要性、大滝ダムの役割を学んだり、「豪雨体験室」で“豪雨”の恐ろしさを体験したり、大滝ダムの技術・工法を教わったりすることができます。
大滝ダム
紀の川(吉野川)の河口から約100㎞、標高約330mのところに建設された大滝ダム。高さ100m・頂長315mの巨大な堰堤が、日本屈指の年間雨量を誇る大台ケ原などから集まった水を受け止め、治水・利水・河川環境を守る・発電の役割を担っています。左岸に駐車場や公衆トイレがあり、堤頂部(ダムの空みち)を歩いて雄大なダム景色を楽しんだり、堤内にある「ダムの中みち」(9:30~16:30/水曜休および12月21日~2月末冬期閉鎖)から放水側を眺めたり、大滝ダムの迫力に触れられます。
今回の奈良ファン俱楽部特別企画では、ダムを管理する国土交通省紀の川ダム統合管理事務所のご協力で特別にダム内部を見学することができました。コンクリートの堤内をエレベーターで降下し、常用放流設備であるコンジットゲートのうちの上段ゲート設備室へ。コンジットゲートを開閉するための油圧シリンダが階を貫いています。シリンダは、杉の木であれば「巨木」とされるほどのサイズ。さらに階下に降りると、十数m下に放水口が見え、「放水時の迫力たるや!」と想像するだけで身震いさせられました。
大滝ダムには常用放流ゲートのほかに、堤頂部近くに設けられたクレストゲートがあります。こちらは貯水や流入水量がダムの性能を越えて決壊することがないよう緊急放流するためのゲートですが、大滝ダムではまだ一度も稼働したことがない、とのことでした。 特別見学の最後は、堰堤下の広場へ。広場から堤頂部までの高さは約80m。マンション25階程度の高さとコンクリート壁の向こう側にある数千万トンもの水が現実感のない迫力となってそびえています。一緒に堰堤を見上げていた参加者の男性は「想像以上にいい体験ができました」と大滝ダム見学を堪能していました。
【大滝ダム】
- 目的
- 洪水調節、流水の正常な機能の維持
上水道用水と工業用水、発電 - 河川名
- 紀の川水系紀の川(吉野川)
- 型式
- 重力式コンクリートダム
- ゲート
- クレストゲート4門
コンジットゲート3門
利水放流設備(選択取水ゲート)
計画水位維持放流設備(カスケード) - 堤高
- 100m
- 堤頂長
- 315m
- 総貯水容量
- 8,400万㎥
- 管理者
- 国土交通省
- 本体着工
- 1988(昭和63)年
- 完成年
- 2013(平成25)年
森と水の源流館
川上村役場に隣接する「道の駅杉の湯川上」から国道169号のトンネルを川側へ迂回する遊歩道をてくてくと約8分、「森と水の源流館」に着きました。源流を「モノゴトのはじまり」としてとらえ、森、水、空、動植物、歴史、人、まち、くらしなどの出会いとつながりを学ぶことができ、この日実際に見てきた大滝ダム、ダム建設を巡る村の思いが語られた講座の後、一般入山や無断立ち入りが禁止されている「吉野川源流‐水源地の森」(川上村有林)を知る機会になりました。 まず、紀の川(吉野川)の様子を下流から上流へ、生きものの生体展示などをとおして解説。川の始まりが海にもつながっていること、上流に支えられている下流の「ありがとう」「おかげさまで」の思い、上流の下流に対する責任と覚悟が伝わる展示です。 源流の森シアターと源流の森ジオラマでは、5面もの大きなスクリーンで見る映像と本物の木々、模型などで、源流部の四季の彩りと躍動を表現。その他、大滝ダム建設により水没・移設を余儀なくされた丹生川上神社上社の旧社地で発掘された縄文時代の集落跡「宮の平遺跡」の紹介・解説、川上村の林業・森の歴史、森や川の生きもの紹介など、森と水と人の連関性が網羅されています。
講座『水の旅をたどる ~もうひとつの流域とは~』
(かわかみ源流ツーリズム:坂口泰一さん)
しかし、ダム建設には紆余曲折も付き物です。大滝ダムによって川上村がどのように揺れ動いたのか。その過程を見つめてきた、かわかみ源流ツーリズムの坂口さんのお話に耳を傾けました。
川上村はその名のとおり、川の上流にあり、しかも台高山脈(大台ケ原など)から流れる吉野川(紀の川)が村のほぼ中央を通っていて、まさに水を守る運命にあると言えます。そこにダムを造りますよという話が国や県から村に伝えられたのは昭和34年です。ダム建設により、村の世帯の3分の1にあたる約500世帯や施設、平安時代創建の丹生川上神社上社などが水没・移転を余儀なくされるとあって、村がなくなるのではという危機感もありました。
反対も賛同もあり、皆が皆、同じ方向を向いていたわけではなかったのですが、ダムのありなし関係なく、川上村がこれからどんな村づくりをしていけばいいのか、自分たちの未来の姿をつくっていこうという中でのダム受け入れの決断だったと思います。そして私たちは、大滝ダムができた後、川上村はどうなっていくのだろう、国や県に頼り切りだと自立する精神が薄れていく、水源地としての役割を一生懸命果たしていこう、と考えました。そこから、平成6年の第3次総合計画『吉野川源流物語』、平成8年の『川上宣言』が生まれました。そして、天然林が広がる水源地の森、約743ヘクタール(平城宮跡の約5.7倍)を村有林にしました。
また、吉野川の水は大和平野(奈良盆地)の農業用水や水道水としても供給されています。江戸時代の元禄のころに計画された「吉野川分水」です。約300年が経って活用されるようになりました。それは実際の川と違い、人工の水路や水管を通って流れているので、目には見えません。けれども吉野川の水は確かに大和平野に届けられています。それが「もうひとつの流域」ということになります。こうしたことにも目を向けてほしいというのが、私たちの願いです。
今ではダムがある風景が日常ですし、ここにダムが必要なのか?と言われることもあるのですが、なぜここにダムがあるのか、今に至る苦労や歴史を語りつないでいけたらと思います。皆さんが使う水がどこから来ているのか、どんな物語があるのかを考えてもらえたらと思っています。
水は、今日も未来もたからものです。料理をするとき、歯磨きをするとき、お風呂につかるとき、傘を差すとき、のどが渇いたとき、今そこにある「水」をさかのぼって、水源の森を思い描いてみてください。
「水源地であること」は、川上村が川上村であることを示すアイデンティティなのだと言えそうです。
※奈良ファン俱楽部2025年12月5日の解説付き特別拝観より
※本文中の情報は令和8年9月時点のものです。
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