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桜井歴史探訪~近世から中世・古代へ時代を遡行しながら歩く~

街道筋に栄えた魚市場跡で往時をしのび、神武天皇聖蹟で『延喜式神名帳』記載の古社や石室に入って見学できる古墳、古代の都の伝承地で耳をすます。桜井市の歴史の一面を桜井駅から気楽に歩いて巡ります。解説は桜井市立埋蔵文化財センターの橋本輝彦氏です。
奈良ファン倶楽部特別企画「桜井に魚市場があった⁉」(2025年11月29日開催)より

【桜井歴史探訪~近世から中世・古代へ時代を遡行しながら歩く~】

1

JR・近鉄桜井駅

徒歩約6分

2

片側だけ残るアーケード屋根

桜井魚市場跡

JR・近鉄桜井駅から歩いて約6分、談山神社へ通じる多武峰(とうのみね)街道沿いに二階建て住居ほどの高さのアーケード屋根が道路の片側にだけ立っています。長さは約35m。かつてここにあった魚市場の名残です。桜井の魚市場は江戸時代中期に始まるとされ、毎月6回開かれていました。主に紀伊半島の東紀州地域(今の紀北町など)から、サバ、サゴシ(サワラの幼魚)、スルメなどが高見峠(奈良県東吉野村・三重県松阪市飯高町)を経て運ばれました。特にサバは山越しの間に塩が効いて美味が増し、“熊野鯖”として人気がありました。

DATA

  • 〒633-0091 桜井市桜井989

橋本先生が解説!

桜井魚市場を栄えさせた“熊野鯖”と言うと、和歌山県熊野地方から運ばれてきたと考えられがちですが、熊野より東の北牟婁郡紀北町の紀伊長島や大紀町錦あたりから運ばれてきただろうと思っています。実際私は錦・名古遺跡などを訪ね、奈良製の土器や鏡があるのを確認してきました。奈良とは古くから人や物の交流があったと言えます。江戸時代には、天秤棒の前後に鯖を入れた樽を掛けて、紀伊長島や錦から桜井まで特急便で丸二日、前後計60㎏もかつぐ猛者もいたようです。その江戸時代、江戸日本橋で魚の流通に革命を起こした人物がいます。桜井出身の大和屋助五郎です。いけす船をつくり、新鮮な鯛などを江戸の魚河岸に運んで商売を広げ、幕府の御用商人にもなりました。

徒歩約12分

3

神武天皇聖蹟

等彌神社 とみじんじゃ

鳥見山(標高245m)の西麓に鎮座する式内社。上下二社に分かれ、ご祭神は上社が天照皇大神、下社が八幡大神と春日大神です。鳥見山はその中腹に、神武天皇が皇祖天津神々に大和平定と建国の大孝、自らの即位を報告した舞台「霊畤」(まつりにわ/れいじ)が設けられたと伝わる「聖蹟」(せいせき)です。一の鳥居は伊勢神宮内宮御垣内の中重鳥居(なかのえのとりい)を譲り受けたもの。それまで一の鳥居だった石造の二の鳥居をくぐると、静謐な神域が広がります。上社・下社の社殿や八つの境内社のほか、元々神体山だったという鳥見山を登るルート、神武天皇聖蹟鳥見山中霊畤顕彰碑などがあります。新緑や紅葉など、四季の彩りも見事です。

詳細はこちら

DATA

  • 〒633-0091 桜井市桜井1176
  • 無制限
  • 無し
  • 志納
  • 約40台(無料)
  • 最寄り駅からの交通
       JR・近鉄 桜井駅から 徒歩20分
       JR・近鉄 桜井駅から談山神社行きバス「神之森町」下車 徒歩2分

  • 拝殿

    拝殿

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 神武天皇聖蹟顕彰碑

    神武天皇聖蹟顕彰碑

橋本先生が解説!

等彌神社から仰ぐ鳥見山は神武天皇が霊畤を設けたと伝わる聖蹟です。興味深いのはこの鳥見山と、宇陀市にある鳥見山、どちらが神武天皇聖蹟かという論争です。戦前、聖蹟がわが町にあるかないかは大きな関心事でしたが、昭和15年の紀元2600年を迎えるにあたり、当時の文部大臣諮問機関の神武天皇聖蹟調査委員会の決定で、桜井市の鳥見山が聖蹟とされました。また、境内から7㎝ほどもある大型の勾玉が出土したことも興味を惹かれます。調べると兵庫県産の滑石で造られており、古墳時代に遡るものだろうと思います。これほどのサイズの勾玉は非常に珍しく、三種の神器に数えられる『八尺瓊勾玉(ヤサカミノマガタマ)』に通じるロマンを感じさせてくれます。

徒歩約17分

4

石室に入って見学できる

艸墓古墳(カラト古墳)※国指定史跡 くさはかこふん

お椀を伏せたような形のいい方墳で、墳丘の規模は南北約28m、東西約22m、高さ約7m。南東側に開口する横穴式石室に入って見学することが可能です。石室は全長約13.2mで、長さ約8.8m、高さ約1.5mの羨道の奥の玄室に家形石棺が安置されています。副葬品などが不明のため、被葬者や築造時期は判明していませんが、石室・石棺の構造・形式から、築造は7世紀中頃ではないか、また、石室より石棺の方が大きいため、先に石棺を納めて葬送した後に石室が構築されたのではないか、などと考えられています。
※艸墓古墳へは住宅地の隘路を通ります。私有地に立ち入らない等ご留意ください。

DATA

  • 〒633-0053 桜井市谷657

  • 石室に入ることができる

    石室に入ることができる

徒歩約10分

5

磐余稚桜宮伝承地

若桜神社 わかざくらじんじゃ

切妻造瓦葺の拝殿の奥に東殿・西殿があり、それぞれ伊波俄加利命(いはかがりのみこと)、大彦命(おおひこのみこと)をご祭神とする式内社。国家安泰、家内安全などに神徳ありとされ、鳥居の左右には桜が植えられています。この地に桜と履中天皇の伝説が語り継がれており、いわく、履中天皇が磐余市磯池(いわれいちしのいけ)で船を浮かべて遊宴していると盃に桜の花びらが舞い落ち、喜んだ履中天皇は宮名を磐余稚桜宮(いわれわかざくらのみや)とした。さらに臣下が当の桜の木を探しだし、等彌郷の清水が湧出する泉のほとりに移植した、と。若桜神社のすぐ北にその泉とされる「桜の井」があり、「桜井」の由来になっていると言われています。

DATA

  • 〒633-0053 桜井市谷344

  • 拝殿

    拝殿

  • 「桜井」の由来とされる桜の井

    「桜井」の由来とされる桜の井

徒歩約9分

6

JR・近鉄桜井駅

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