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御厨子観音妙法寺 みずしかんのんみょうほうじ

御厨子観音妙法寺は、吉備真備が、入唐留学によって学芸を修めるとともに、唐から無事に日本に帰ることができたことに感謝し、735年(天平7年)に善覚律師(吉備真備の子)に命じて観音堂を創建させたことに始まります。真備は、西暦716年(霊亀2年)、朝廷から遣唐使の一員に選ばれ、阿倍仲麻呂、玄昉らと共に入唐留学しますが、その年に彼は、日頃信仰していた観音様にご加護を祈り、「唐で学芸を修め、無事日本に戻ってくることができたなら、自分の領地に先祖の霊を祭る建物を造り、仏恩に報います。」と誓っています。吉備族退潮のあとも、この寺は、観音堂の霊験加護にあやかろうとする人々によって支えられ、盛時には、およそ5万平方メートルの境内に、北室院、南室院等の塔頭寺院が並び立ったと言われています。その後、数々の戦乱、火災等にあい、今では、当時をしのぶ建造物はなく、仏像も長い年月を経て作り替えられています。現在のお堂は、元禄時代に、当観音を信仰する人々によって、焼け残った資材を集めて再建されたものです。吉備真備が書いた「大般若経(だいはんにゃきょう)」は、現在も奈良国立博物館に保管されています。

見どころ

  • 十一面観世音菩薩

    吉備真備創建の寺 十一面観世音菩薩は、吉備真備の観音信仰をそのまま受け継ぎ、一名、クモ観音、知恵観音と呼ばれるとともに、 一願成就(一つのことを願えば、その願いがかなう)に霊験があると言われています。 制作時期は、南都椿井仏師によって鎌倉時代に作られたものと推定されています。さらに、この大日如来とよく似た時期の作と考えられることから、鎌倉時代に作られたものと推定されています。 この十一面観世音菩薩の胎内には、馬頭観音が入っておられ、交通安全祈願を込めた仏像といわれています。