第3回
奈良市の猿沢池周辺は、駅周辺以外に一番宿が多く集まっている場所だ。興福寺の五重塔や猿沢池が見え、鹿があそぶ風景は、まさに「古都・奈良」のイメージそのまま。
今回紹介するホテル尾花もこの場所にある。もともとは尾花座という映画館だったが、四十数年前からホテルとして営業してきた。2020年、サンルートチェーンとの契約を終了し、ホテルサンルート奈良から、ホテル尾花にリブランドした。
サンルート時代から、ホテル尾花は、奈良の初心者がリピーターになるきっかけになるほか、コアな奈良ファンの定宿としても、幅広く愛されている。近鉄奈良駅周辺の商店街から近くわかりやすい、観光地に近いなど利便性も高いが、ホテル尾花の人気の秘密はそれだけではない。
◆北側の一部の部屋からは、興福寺五重塔が見える
宿泊する部屋によっては朝の、夕の、夜の興福寺の五重塔を眺めることができる。世界遺産であり、国宝でもある五重塔の姿を、ちょうどいい距離感で部屋から眺める贅沢。つい時間を忘れて眺めてしまうこともある。
◆ライブラリーコーナーの充実
ホテル尾花の蔵書は凄い。フロントの並びには、宿泊者のためにおしぼりやフリードリンクが用意されているが、そこに隣接してライブラリー「尾花文庫」がある。コンパクトに旅の情報がまとまった旅行雑誌はもちろん、意外と旅行者には盲点になりがちな奈良のタウン誌、コアな奈良ファンにも満足の専門書などがそろっている。奈良が好きな人ほど、その幅広い選書に、ホテル尾花の奈良愛を感じて感嘆するはずだ。
旅に来たらその地域の情報を知って、行きたいところを探したいという思いはあると思うが、奈良情報が集まっているということは旅の可能性も広がるということ。多くの本から自分がほしいことを探すことができる。部屋に持ち込んでじっくり読み込みたい本もたくさんある。
◆夕食、朝食がおいしい!
素泊まりもできるホテルだが、せっかく泊まるなら食事つきのプランをお勧めしたい。
夜は懐石料理。味はもちろん、見た目の美しさや季節に応じた趣向の凝らし方にも毎回目を見張る。この記事を書くために宿泊したのは6月だったが、椀物の蓋を開けると、蓋の裏には螺鈿を施したアジサイが描かれていて、思わず声をあげてしまった。
器からもお客さんに喜んでほしい、楽しんでほしいという思いが伝わってくる。椀に入っていた柚の香る玉蜀黍と枝豆の真薯は出汁が澄み、シンプルに美味しい。冬瓜や無花果、糸瓜など、季節の野菜を使った八寸は、さっぱりとしたものを中心にしていて、暑さで火照った体を心地よく冷ましてくれた。錫の片口で、地酒の呑み比べをいただいたが、酒がどんどん進んでしまった。
朝食は、新型コロナウィルス対策のため、この2年ほどは御膳スタイルで提供されていたが、この春から元の和洋ビュッフェ形式に戻っている。当然ビニール手袋を使うなど、感染対策をしての実施だ。奈良名物の茶粥や奈良漬などが食べられるのはもちろん、奈良の食材も多く使われている。「カレーは絶対食べるべき」と知人に勧められたカレーを今回食べてみたが、これは美味しい。フルーツを入れて煮込んでいるというこのカレーは、こってりスパイシーで、ついお代わりしてまった。虜になる人がいるのもわかる。
◆奈良愛あふれるスタッフの方々
ホテル尾花の魅力といえば、奈良愛が高いスタッフを真っ先に上げたい。
会話からすぐに、奈良をもっと好きになれる糸口をみつけて、積極的に教えてくれるスタッフさんたちがいる。まほろばソムリエの2級、1級を取得されている方も多いそうだ。春日大社や東大寺にも徒歩圏とあって、おん祭やお水取りのような夜の伝統行事にも宿のスタッフが宿泊客に同行して説明をしたり、行事の感動を分かち合ったりもしてきた。
スタッフが厳選した商品を置いている売店「スーベニイル尾花」の品揃えからも、それは見てとれる。選びぬかれたお土産だけでなく、ホテル尾花のオリジナル商品もある。宿泊客以外でも地元の方が手土産を買いに来ることもあるそうだ。商品のポップにも愛がこもっているので、注目してほしい。
◆奈良を訪れる人にも、奈良に住む人にも利用されるホテルへ
ホテル尾花の魅力はまだまだある。先に書いたように、かつては映画館、人が集まる場所だった。映画館だったことの縁で、なら国際映画祭などの場としても使われてきた。
しかし、コロナ禍を経て、最近、ホールの使い方が変化してきたのだそうだ。ホールサイズが手頃なこともあり、自主映画の上映会場や、個人主催の講演会など、今までになかった外部からの持ち込み企画が増えてきたとのこと。つまり、宿泊客以外もホテル尾花を利用する機会が増えたのだ。
今までのように観光や仕事での利用はもちろん、映画や講座だけで利用してもらってもいい。そういった企画とセットで宿泊してもらうのもいい。地域の公民館みたいな使われ方も理想だと、株式会社尾花 代表取締役社長の中野聖子さんが話してくれた。地元民からすると、宿泊しない宿には入りにくいところもある。しかし、公民館のように、地元の人も様々な活用ができる場であり、且つそこにはそのまま宿泊もできて、帰る時間を気にしなくてもいい、というのも、新しいホテルの形だ。
ホテル尾花は、旅で来る人も、それ以外の人も受け入れてくれる宿だ。
泊まるだけではない、さまざまな楽しみがここからもっと生まれていきそうな予感にわくわくしている。