奈良ファン倶楽部 WEB通信『奈良宿手帖』

第7回

オーベルジュ・ド・ぷれざんす 桜井 -奈良を丸ごと堪能する宿-


オーベルジュ・ド・ぷれざんす 桜井は、宿泊できるレストランだ。”オーベルジュ”は、フランス発祥のレストランを中心とした宿泊施設のこと。地方や郊外にあり、土地の食材を楽しめるのが売りだが、7年前に誕生した奈良初のオーベルジュも、都市や主な観光地からは少し外れた小高い丘の上にある。フランス料理で知られる、ひらまつが運営している。

チェックインはロビーのソファでゆったりと。オーベルジュで美味しいものを食べるぞ!という気持ちに応えてくれるかのように、まずはウェルカムドリンクで歓迎してくれる。お茶やジュースなど複数から選ぶことができ、今回は産地と収穫時期にこだわったフランス産の「アラン・ミリア」赤グレープジュースをいただいた。甘味と酸味が絶妙な味わいに、夜の食事にも期待が膨らむ。

客室はエグゼクティブスイートが2室、ツインルームが7室の全9室。部屋付のテラスにはテーブルと椅子があり、天気が良い日には田園風景を眺めながらくつろぐことができる。


お待ちかねの夕食の時間になってレストランへと移動すると、通路沿いの厨房には窓があって、中の様子が見えた。この日は美味しそうな鶏が焼けている様子が目に入り、あれが食べられるのか…!と、わくわく。すでに目で美味しい。
 案内していただいた席は、窓際で西に面しており、大和平野を見渡すことができた。近隣は田園や古墳などが多い。この日は秋で日没が早かったため、すでに暗かったが、季節によっては日没の空が焼ける風景も美しそうだ。

この日のお品書きはこちら。美味しそうな食材名が並ぶが、どう調理されて出てくるのかメニュー名だけでは想像がつかない。


まず登場したのは桜で有名な吉野の秋をテーマにした前菜だった。「手で収穫して召し上がってください」とのこと。この紅葉狩り、食べられるのだ!見た目だけでなく、栗のイガが三輪素麺で表現されていたり、旬の無花果が使われていたりと、味もしっかり「奈良の秋」が表現されている。


さて、メニューを見て気になったのが「大和肉鶏を一羽丸ごと」からの「三輪そうめんと大和肉鶏のその後」だ。まずはメニューのとおり、さきほど厨房で丸のまま焼かれていた美味しそうな鶏を見せてくれたあと、もも肉、胸肉を切り分けてくれた。



気になる「その後」の姿がこちら。大和肉鶏の鶏白湯出汁をつかったにゅう麺で、揚げたエシャロットと薄切りにした奈良漬が乗っている。大和肉鶏の滋味を余すところなく美味しくいただく。


奈良の秋といえば柿。柿は身近で手頃な食べ物だが、「食べ比べ」となると経験がない。これもうれしい。「右に行くにつれて甘くなりますので、左から召し上がってください」とのことで、順番にいただく。柿が乗っているガラス板の下に説明があり、説明からも味わいからも比較することができる。


美味しいものを口に運び続け、奈良の味覚を味わいつくした2時間だった。奈良の中南和エリアは、ディナーを洋食でいただける宿が少なめだ。奈良の季節を、目と味覚で楽しみながら旅をするならぜひ泊まって欲しい。

「デザートは隣のラウンジでも召し上がれます」とのことで、移動した。
 落ち着いた明るさのラウンジは、正倉院文様柄の壁で、奈良を紹介する素敵な本も置かれている。甘いものはデセールや柿の食べ比べでも満たされたはずなのに、さらにパティシエ特製のスイーツが並べられた。もう食べられない…!と思いつつも、かわいい上に美味しいので、あっという間に平らげてしまった。甘いものは別腹だ。


普段のレストランでの食事であれば、車で移動だからお酒を我慢しなきゃと思ったり、電車の時間を気にしたりと気がかりがあるものだが、食後は部屋ですぐにくつろげるのがオーベルジュの良いところ。一緒に食事した家族や友人と部屋で「美味しかった~」と語るのも楽しい。部屋に戻ってテラスから外の景色を見ると、太陽はすっかり沈んで真っ暗だった。
 この場所は「闇」もある意味ごちそうだ。ここ桜井市高家は、天武天皇の皇子である舎人皇子にゆかりがある土地とも考えられている。『万葉集』には、皇子がこの地を詠んだ「ぬばたまの 夜霧は立ちぬ 衣手の 高屋の上に たなびくまでに」という歌が残っている。ぜひこの場所で「ぬばたまの夜」の色を実感して欲しい。宿は交通量の多い道路から遠く離れており、夜の闇の静謐さに身を置ける。これもとても贅沢なことだと思う。
 闇の色まで堪能しながら耳をすませば、虫の声や、聞いたことがないような鳥の声も聞こえてくる。満たされた気持ちでゆっくりと眠りにつくことができた。

朝ごはんも楽しみだ。レストランに移動すると、夕べは日暮れて見えなかった景色の広がりが見えた。朝もやがたなびく日もあるかもしれない。三輪山を眺めて、ちょっと遠くにぽっこり見えるのは箸墓古墳。大和三山の耳成山も見える。それらは古代から変わらずそこにあり、いにしえに生きた人々も見ていたはず……と感じ入る。



朝から古代に思いを馳せていると美味しい朝食がやってくる。フレッシュなオレンジジュースと新鮮な野菜のサラダ。焼きたてパンは4種類もある。ジャムはウェルカムドリンクでも選べたアラン・ミリアのもので、パンにつけてもヨーグルトに入れてもいい。メインは卵料理で、この日はオムレツか蕎麦粉のガレットを選ぶことができた。どちらを選んだ場合も添えられているソーセージは、奈良県五條市にある「手づくりハム・ソーセージ工房ばあく」のもの。果物は、旬のいちじくや複数の葡萄を使ったフルーツカクテルで、プロの目利きであればこその甘さを堪能できた。


忙しさの中で、おなかが膨れればいいという気持ちで食事をとると、私たちは食べるものが土と水と太陽の光によって育まれたものだということを忘れがちだ。
 「オーベルジュ・ド・ぷれざんす桜井」では、窓の向こうに田畑や池、空、太陽などの自然が見える。「手で摘む」という遊び心のある盛り付けや、旬の食材、切り分ける前の鶏の姿などから、季節を感じ、自然を感じる。よく「五感を通して」という表現が使われるが、自分の五感が感じるその瞬間だけでなく、自分の手元に料理が届くまでの、人の手や、土地に流れていくゆるやかな時間の流れも感じられる。

奈良は『万葉集』『古事記』『日本書紀』などの史書や、出土木簡など歴史史料が多い土地だ。この風景は昔からあった、これは古代からあった食材だなども判明しているものもある。美食はもちろん、その美食の基盤となっている奈良の土地と自然と風土と歴史をまるごと楽しめる宿だと思う。

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