電車でバスで、野越え山越え何秒何分何時間、もひとつおまけに幾日かけて、辿り着いたは青丹よし寧楽のみやこの心地良き。仰ぐたび、見るたび、聴くたび、触るたび、奈良踏みしめし喜びを、じわじわ地味~に噛みしめたくて、狭くしつこく歩く旅。
あァ、奈良に来た! 第1回
住んでいる人にはいつもの風景。しかし旅人にとっては目にした途端、体の奥で何かがぞわりと動くのがわかるほど心ときめく風景がある。奈良といえば、もうコレ。あの大屋根が目に入ったその瞬間、その一歩に、あァ、奈良だなあって思っちゃうのだ。
「その土地の目印や象徴になるような建造物」(デジタル大辞泉)をランドマークという。ランドマークは旅先の象徴でもあるから、それを見た旅人の心をときめかせる。
奈良の北の玄関口にあるランドマークといえば、東大寺大仏殿である。とりわけダイナミックで劇的な出会いが楽しめるのが奈良街道奈良阪越え(県道754号)だ。京都から奈良へ向かうと、最後の峠を越えて下りの直線に入ったところで、その大屋根が何の前触れもなく真正面に現れる。目に入った瞬間からすでに圧倒的に大きいが、街に近づくにつれぐんぐんとその大きさが迫ってくるように感じられ、大仏様のお膝元、奈良に来たことを強く実感するのだ。ちなみに峠の手前からは、旧街道の面影を残し、奈良豆比古神社や般若寺の前を通る細い道が分岐するが、この道からは北山十八間戸あたりまで下らないと、大仏殿は見えない。
一方、奈良の北東方向、柳生街道からの奈良に入る道では、大仏殿は若草山や春日山から延びる尾根に隠され、なかなかその姿を現してはくれない。最初に目にできるのは、とある民家と電信柱の間のわずかな隙間から覗く金色の鴟尾だけである。東大寺知足院の北に位置する辺りだが、さらなるチラ見ができる場所を探すのも楽しいし、ようやく見つけた大仏殿と「いない・いない・ばあ」をしたりして遊ぶ楽しみもある(傍から見るとかなり怪しいので、2人以上で行動されることを推奨します)。奈良に近づくにつれ、大仏殿、興福寺五重塔、奈良県庁が、民家の屋根越しに横並びに見えてくるのも奈良そろい踏みのようで面白い。
ところで、ふと思う。大仏殿が突然姿を現す風景は旅人にとっては非日常だが、奈良に暮らす人々にとっては日常の風景である。奈良の街をゆく旅人の歩みは非日常だが、同じ街を日常の歩みを以って歩く人がいる。一条通から仰ぎ見る大仏殿、黒髪山や三笠霊園から眺めた大仏殿…。この風景をいろんな目と感覚で眺め、生きている人がいるという面白さ。こんなたわいのないことを考えるのだって旅の味わいというものだろう。大仏殿を眺めて歩いた奈良阪から柳生街道の入口界隈は、そうと気づけばさらに小さな日常と非日常が交錯する興味尽きない場所でもある。佐保川のほとりにも小さな神社にも、あまたの不思議と発見が、見つけてもらえるのを待っている。
黒髪山跨道橋から、大仏殿はど~こだ?
柳生街道入口あたりから見た奈良
夜明け前、まだ眠りの中にある大仏殿
飾らずに書かれた『万葉集』がいい感じ
大明神碑を背負った黒髪山稲荷神社の鯉
佐保川沿いの蛭子神社