電車でバスで、野越え山越え何秒何分何時間、もひとつおまけに幾日かけて、辿り着いたは青丹よし寧楽のみやこの心地良き。仰ぐたび、見るたび、聴くたび、触るたび、奈良踏みしめし喜びを、じわじわ地味~に噛みしめたくて、狭くしつこく歩く旅。
あァ、奈良に来た! 第4回
大仏様に若草山、猿沢池と並ぶ昔むかしからの奈良の顔と言えば、鹿。とりあえずは奈良公園に出かけ、日がな一日、鹿たちの後ろをくっついて歩くのも一興。鹿目線の新しい奈良に出会えるかも、ですよ。ただし、後ろをついて歩くなら、鹿の●には注意です!
5月の終わりごろから梅雨時にかけて、奈良公園一帯は青葉茂らす植物たちの青い青いあお~~い匂いに包まれる。夜間ならなおさらのこと。真夏の真昼の焼けたような草の香とは違い、植物たちが夜ごとうごめきひしめきぐねりぐねりと伸びていくときに放散するような肉感的な匂いをかき分けかき分け、大仏殿や興福寺五重塔を仰ぎつつ歩く夜の奈良公園散策は、今の時期だけの楽しみである。
忘れてはいけないのは、奈良公園の場合、青い草の匂いにちょいと別の香が混じることだ。香りの「ふりかけ」といってもいいかもしれない。そう、芳しき鹿のふんの香りである。ふと漂ってきた匂いに、とんでもなく昔のことが急激に思い起こされたことはないだろうか。匂いは五感の中でもひときわ記憶に結びついていると聞く。奈良を愛する人たちがよく口にする「奈良に来ると懐かしい感じがするんだよね」というあの言葉。この場合、正確には近鉄奈良駅あたりだが、あァ、奈良に来た!と、バスなり電車なりから降り立った瞬間懐かしく感じるのは、奈良が日本文化の源流だからではなく、日本人の心の故郷だからでもなく、実は記憶と結びついた鹿のふんの香りが「懐かしい中枢」に働きかけたからこそなせる技かもしれないのだ。
そんなわけで、奈良、正確には奈良公園一帯と言えば外せないのは鹿、である。道路標識、店の看板、お土産物、キャラクター、はては個人的なアートまで、実物だけでなく至る所に鹿の姿を見つけるのも、奈良ならでは。ぶらりと歩きながら、あっちこっちで「鹿狩り」をするのも楽しい(注:奈良の鹿は天然記念物です。そもそも神様の鹿です。決して本気で狩ってはいけません)。ちなみに道路標識をよく見ると鹿だけではなく、なんで間違えちゃったのか、トナカイが飛び出してくるらしい場所もあるので、間違い探しもお忘れなく。
鹿は春と秋にはっきりと衣替えをする動物。キリリとしたツノがかっこいい秋の鹿、伐られてちょっぴり情けない顔の冬の鹿もいいけれど、夏の鹿は公園の緑にひときわよく映える。濃い茶色の毛並みに真っ白な鹿の子模様、ビロードのような黒い皮膚に覆われたやわらかそうな袋角(ふくろづの)、生え始めたばかりの若い鹿の角も可愛らしい。かわいいと言えば夏に生まれたばかりの子鹿たち。鹿苑で生まれた子も、公園の茂みや若草山で生まれた子も、お母さん鹿のあとをくっついて歩く姿が間近に見られるのは、もうすぐ。
鹿にひかれて奈良町歩き
朝日を浴びて猿沢池にご出勤
奥はクロマツ、手前は鹿角。袋角全開です
(大仏様+鹿)×手塚治虫風の町なかアート
正解は、どっち?!
鹿苑生まれの子鹿。公園で会えるのはいつかな?